パリ生活 ETC

2004年4月からなんとなく、始まったパリ生活。 現在、大学院に通いながら、2007年生まれの女の子育て、日本語教師。 3足の草鞋を履きながら送るパリ生活のETC

2007/12/30

12月22日の出来事



三日前くらいから前駆陣痛が続いて、夜になると
お腹が痛くなり、その痛みがだいたい朝の10時くらいまで
つづく。

さすがに、3日目に、こんなに毎日寝不足じゃあ、
自分の体力がなくなってしまうと思い。

もしかしたら、これが陣痛なのかとも思い。
とりあえず、病院に電話してみる。

10時30
きてくださいとのことなので病院にいって、
モニタリングで陣痛を計測。
結果陣痛は来ていないとのこと。

お昼前だったのでフレッドとのんきにこの後は、
韓国料理を食べに行こうそんでもって昼寝でもしよう。
ってな感じだった。

助産婦さんが、陣痛はきていないんですが、
子宮の収縮があるときに、
極端に、赤ちゃんの心拍数が下がるので
もう一度様子を見ます。とそのまままた一時間くらい
モニタリングをする。

子宮口もひらいていないし、
陣痛もきていない様子。

その間に助産婦さんは、お医者さんと話しをしにいく。

13時00

赤ちゃんの検査をしてみることになり、エコグラフィ−をする。
このときに
『破水しませんでしたか?』と聞かれる。
羊水の量が極端に少なくなっていることを告げられ。
このままでは赤ちゃんが出産に耐えられないので
今から、陣痛促進剤等を使って出産の準備を始めます。
と告げられる。

全く、予想外の展開に、ちょっとパニック。
そのまま、分娩室に連れていかれる
この時点で怖くて大パニック

じつは私は血管恐怖症で、
まあ簡単にいえば、極端に血管が怖いのだ。

13時30

なので点滴をされる次点で怖くて、怖くて、ガタガタ振るえまくる。
助産婦さんいわく、最初は子宮口を開くための
薬を使うのでこれで陣痛が起こるかどうか試してみるとのこと、
その前にもう最初から無痛分娩の麻酔をかけるということ
もう次々と進む、展開についていけず、怖くて怖くて
大号泣。

幸い助産婦さんがすごくやさしい人だったので、
恐怖に震えまくり、なきまくる、私をやさしくなだめてくれる。
点滴に無痛分娩の管を背中に通し、
薬を入れて、そのまま陣痛が来るのを待つこと、半日。
陣痛は来た。
でもやっぱり陣痛が来るたびに赤ちゃんの心拍数が下がることが
しばしば見られる。

この次点では、たぶんこのまま、普通に産めることになんの
疑いもいだいていなかった。

たぶん19時すぎくらい、
お医者さんが入ってきて、
たぶんこのまま帝王切開になることを告げられる。
全くそのような選択肢があることを考えてなかった私
再び、大パニックに陥いる。

しかもここで助産婦さんが交代することを告げられる。

何人かのお医者さんがその場で相談し始める。

陣痛がやっと起こったけど、これから生まれるまでに、最低でも10時間以上かかるとして、それに赤ちゃんが耐えられるかがわからない
とのこと。

この次点で子宮口が3センチくらいは開いているので
もうちょっと様子を見るか、他の方法を使ってもいいんじゃないかとの
こと。

どうしても帝王切開が怖かったので、まず他の方法、
子宮に羊水の代わりになるものを入れる
という方法で試してもらうことに、

これ、以降はフレッドから聞いた話
でも羊水の代わりを足しても
もう赤ちゃんの心拍数はだいぶ落ちていたらしい。

その水をいれてからわずか5分くらいの間に、
緊急帝王切開を告げられる。
一刻を争う自体なので、説明等はなしに、

たくさんのお医者さん看護婦さんが入ってきて、
手術室にそこでも、もうものの、何分かで
オペが始まり、
あまりに私がパニックなので
医者に全身麻酔をかけるかと聞かれる
すぐにそうしてほしいというが、
母体にも赤ちゃんにもよくないし、
でもその話をしている時点でもうお腹が切られ、
中のものがひっぱられる間隔が、
『痛い!!怖い!!』

ここまでが私の最後の記憶。
この後のことここから数日の記憶は実にあいまいで
おとといフレッドから色々話を聞いて、
ちょっとづつ何があったのか理解しようとしているところ。

だから、赤ちゃんをはじめて見たときのこととか
そこから数日のどうやって世話をしていたのかとか
をほとんど覚えていないのだ。

おとといからやっと、ものを考えたり、することができるようになった。

帝王切開事態は、別に今さら珍しいことでもないし、
それ自体は成功だった。

ただ、なぜ、赤ちゃんが弱ってしまっていたかということに問題があって、それは、私が妊娠後期にじつは、ある病気に感染したいたのだ。
その病気の初期状態で発見できたからよかったものの、
もう症状があとちょっとでもすすでいれば、赤ちゃんの死亡率は
100パ−セントだったらしい。

ということで、私は出産後、体のいたるところにいろんな管がつけられ
24時間体制で医者の目のとどくところに置かれていたのだ。
一度に6つもの点滴をされ、膀胱に管を通され。
反対の手には5分ごとに図る血圧計が巻かれていた。
最初は鼻にも管が通されてたし、背中の無痛分娩の管もつけられたままだった。そんな感じで3日くらい過ごしたのだと思う。

長くなりすぎるから、その病気のことは
また書くとして、

何はともあれ、赤ちゃんが無事でよかった。
あとは、私が元気になるのみ。

最初はシャ−プな顔立ちの赤ちゃんだったが
今ではすっかり、3重顎。

≪ 色々あったけど生後12日ホームもうすぐ予定日 ≫

Comment

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コメントありがとうございます。
まさか私も、私にこんなことがおこるなんて
夢にも思っていませんでした。

ゆっくり休めるだけ休もうと思います。

おめでとう!

ご出産おめでとうございます!

すんなりとはいかなかったようで大変だったのが伝わってきましたが、(ハラハラ…)母体共に無事&健康だということなので安心しました。
ゆっくりお休みして、また元気なブログを期待してます。
では今年もよろしくお願いします。

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MAXOUさん

 ありがとうございます。
もうだいぶ元気になりました。
今はなんだか別世界に暮らしているようです。


お祝いの言葉ありがとうございます。

まゆまゆさんへ

 お気遣いの言葉ありがとうございます。
怖かったけどもうへっちゃらです。


かなこさんへ

これから出産にむけてくれぐれも無理だけは
しないように、妊娠期間を楽しんでくださいね。

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プロフィール

kuromame23

Author:kuromame23
2004年4月パリに軽い気持ちで来ました。
どういうわけかあれよあれよと話が進み。。。
パリにきて2週間目に出会った彼と
一緒に楽しく暮らし
PACSし、PACS成立その日に妊娠発覚。
2007年12月22日、緊急帝王切開にて女の子出産。

現在、母と大学院生と日本語教師のアルバイトの
3足の草鞋を履き、パリでの生活満喫中。

復帰できる場所がないから、全部同時進行中。

滞在許可証、
PACS
学校の選び方
家探し
パリで妊娠、出産、子育て
学校、仕事と同時進行の育児

自分で解る範囲の情報を皆さんにおすそ分け。

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